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東京地方裁判所 昭和30年(ワ)5057号 判決

原告 丸佐企業株式会社(旧商号合同証券株式会社)

右代表者 佐藤和三郎

右訴訟代理人弁護士 後藤末太郎

被告 川瀬留吉

右訴訟代理人弁護士 光石士郎

同 篠原千広

同 五十嵐太仲

同 渡部喜十郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

原告が原告主張の本件取引当時登録をうけた証券業者であつたことについては当事者間に争いがない。

証人木村文夫の証言によつて真正に成立したものと認められる甲第一号証の一乃至三、甲第二号証の一乃至五、甲第四、五号証の各記載並に証人木村文夫、同三村芳夫、同小路三郎の各証言及び本件口頭弁論の全趣旨を綜合すると、原告はその主張の頃、原告方の外交員見習であつた。訴外三村芳夫を通じ、「三村芳夫」名義によつて、安田火災海上保険株式会社の新株式(昭和二七年一一月四日同会社取締役会決議に基く)二万株の注文をうけ、昭和二七年一一月二二日同新株一〇、〇〇〇株を一株金六八六円五〇銭代金合計金六、八六五、〇〇〇円、同年一二月八日同新株式二、五〇〇株を一株金七七六円代金合計金一、九四〇、〇〇〇円、同新株式七、五〇〇株を一株金七七三円代金合計金五、七九七、五〇〇円、以上二万株代金合計金一四、六〇二、五〇〇円で売渡す旨の売買契約を成立させたこと、右代金は将来右新株式の引受申込期日到来し、新株式申込証拠金領収証が発行されたとき、原告に於てこれを取得し、これを注文主たる買主に引渡すと引換に支払をうける約束であつたこと、原告は右売買契約当時将来発行さるべき右銘柄、数量の新株申込証拠金領収証の引渡を受くべき権利を他から買受け、その引受申込期日の到来した頃、右領収証を取得してその引渡をなし得べき状況にあつたことが認められる。

原告は右取引は訴外三村が被告より授与された代理権に基づき、被告の為になしたものであると主張し、被告は原告の右主張を否認して、右取引は訴外三村が擅に被告より注文をうけたと称してなしたものであつて、被告は右三村に代理権を与えたことも、又取引の申込をなしたこともないと主張するので先ずこの点について判断するに、右取引が被告の注文に基づき、訴外三村がその代理となつてなされたものであるとする原告の主張については、原告の採用する甲第二七号証にこれと照応する記載が認められるが、証人三村芳夫、同小路三郎(後記措信しない部分を除く)同木村文夫(後記措信しない部分を除く)の各証言及び被告本人訊問の結果を綜合すると、右書証は被告が作成したものではなく、訴外三村が偽造したものであることが認められ、他に原告の右主張を立証するに足る証拠はなく、却つて証人木村文夫の証言により真正に成立したものと認められる甲第一号証の二、三、同第六号証乃至同第一三号証の各二、同第一四号証、同第一五号証の二、三、同第一六号証の二乃至五、同第一七号証の二、同一八号証の二、三、同第一九号証の二、同第二〇号証、同第二一号証の二、同第二二号証の三、同第二三号証の二、三、同第二四号証の二、同第二五号証の各記載及び証人三村芳夫、同木村文夫、同小路三郎の各証言並びに被告本人訊問の結果を綜合すると、訴外三村は昭和二七年九月頃より昭和二八年二月頃迄原告方に将来有価証券外務員となるべく外務員見習として勤務していたものであるが、偶々昭和二七年一〇月頃被告方に株式取引の勧誘に行つたことから被告を知る様になり被告は同年一〇月より一一月にかけて右三村を通じ原告より日動火災、日機貿、東化工、カーバイト、野崎産業、丸善デパート、森永、日新火災等合計数万株を買付け、又一方昭和二七年一一月一二日より同月一五日にかけて原告に対し日機貿合計一〇、〇〇〇株、東化工合計五、〇〇〇株を売付け、原告との株式取引を続けて来た。右取引に当つては被告は税金等の関係上自己の名を出すことを嫌い、「三村芳夫」名義を以て取引をすることを望んだので、訴外三村は被告より売買の注文をうけたものについてはすべて自己の名義で原告方に届出て取引を成立させ、原告に於ても多額の株式取引をするものはむしろ自己の名を出さず他人又は仮空名義を用いることが多かつたからその事情を承知し被告よりの注文はすべて右三村名義を以て処理して来た。ところが訴外三村は当時値動きの激しかつた訴外安田火災の新株式が近き将来に於て更に値上りするのであろうとの思惑から、右株式により一儲けしようと考え、前記認定の如く昭和二七年一一月二二日安田火災新株式一〇、〇〇〇株一株金六八六円五〇銭代金合計金六、八六五、〇〇〇円、同年一二月八日同新株式二、五〇〇株一株金七七六円代金合計一、九四〇、〇〇〇円、同新株式二、五〇〇株一株金七七三円代金合計金五、七九七、五〇〇円以上合計金一四、六〇二、五〇〇円を、従前被告との取引がすべて右三村名義でなされて居て、原告に於ても今迄の経過より右三村が同人名義で店に受入れて来る売買の注文はすべて被告よりの注文に基くものであると考えていることを利用し、恰も被告より注文を受けて来たものの如く装つて自己の為自己名義で原告を通じ売買契約を成立せしめていたことが認められる。従つて右取引は訴外三村が被告の注文によつてなしたのではないことはもとより、被告より授与せられた代理権に基づいてなしたものでもないことは以上の認定によつて明かであつて、甲第二七号証(右書証が訴外三村の偽造によるものであることについては先に認定した通り)同第四五号証、同第四六号証の各記載及び証人木村文夫、同小路三郎の各証言中以上の認定に反する部分は当裁判所の措信しない処であり、他に右認定を覆すに足る証拠はない。

そこで次に原告の表見代理の主張について判断する。

被告が昭和二七年一〇月頃より同年一一月にかけて訴外三村を通じ、右三村名義を以て原告より日動火災、日機貿、東化工、カーバイト、野崎産業、丸善デパート、森永、日新火災等の株式合計数万株を原告より買付け、他方昭和二七年一一月一二日より同月一五日にかけて同様の方法を以て原告に対し日機貿合計一〇、〇〇〇株、東化工合計五、〇〇〇株を売付けて原告と取引をなしていたこと、及び右取引はいずれも訴外三村を通じ、右三村名義を以てなされていたことについては先に認定した処である。

そこで右三村が原告の主張する様に果して被告の代理人となつて右取引に従事したのかどうかの点であるが、訴外三村が当時原告により雇傭せられた外務員見習であつて、将来証券取引法第五六条にいわゆる有価証券外務員となるべく、原告より歩合を得て有価証券の募集若くは売買又は有価証券市場における売買取引の委託の勧誘等の業務に従事していたものであつて、被告を知るに至つたのも、偶々被告方に株式取引の勧誘に行つたことが発端で、訴外三村が原告方の使用人となつた後その職務を通じてであることは先に認定した通りであつて、右三村が原告に雇われる以前から、被告と特段の親交があつたとは認めれらず、又証人三村芳夫の証言及び被告本人訊問の結果によれば訴外三村は本件取引の前後に被告より四、五万円の金員を借用している事実は認められるけれども、前記認定の如く被告はその頃右三村を通じて数万株の株式を原告と取引して居ていわゆる顔なじみになつていたこと、及び右証拠によれば右金員はその頃被告に返済されていること等より考えると被告が右三村に好意をもつていたことは認められるとしても、それ以上に被告と三村間に外務員と顧客との関係以上の特段の個人的信頼関係があつたと認めるに足る証拠はない。

従つてこれらの事情を考えるならば前記日機貿その他の取引は被告が原告方の外務員見習を通じ、原告に対し売付又は買付をなしたものであつて、税金等の関係よりその名義を仮空若くは三村以外の第三者とする代りに便宜右三村名義を以つて所定の手続をしたに止り、訴外三村は右取引について被告の代理人として関与したのではないと認めるのが相当である。

原告は本件に於ける様に注文者である客が東京証券取引所の会員である証券業者に対して、自己の株式売買を為すに当り、その証券業者の店へ直接出入りせず、株券及びその代金の授受等一切を某会員所属の外務員のみを通じてしかも取引の当初から最後まで自己の名を出さず、当該外務員に当該外務員の名前で株式の売買を為す様指示して右外務員をして注文をなさしめていた場合には右外務員を以てその客の代理人と看做すべき商慣習が存在している旨主張しているので仮りに被告が訴外三村に代理権を授与していなかつたとしても右慣習によつて右三村が被告の代理人と看做されるのではないかとの問題が考えられるが鑑定人村井啓三郎の鑑定の結果によれば、外務員が顧客から注文を受けた場合は、一般には自己の所属する証券業者に対し、当該顧客名義又は当該顧客の指定する名義を以てその注文を通ずるのが一般慣習であつて、外務員を顧客の代理人とみなす商慣習は一般にはないが、当該客が最初から最後まで外務員の名前を以て売買取引をする様に指示し、代金その他の授受一切を委任したと認められる場合は当該外務員を当該顧客の代理人とみなして取扱うのが普通とされていることが認められるのであつて、結局外務員が顧客の代理人とみなされる場合とはその取引が該外務員の名義でなされる点に重点があるのではなく全体的にみて顧客と当該外務員間に特別の信頼関係が存在し、顧客がその取引について該外務員に全権を与えた様な場合に限られるわけであるから、前記認定の如く被告と訴外三村との関係が単に仮空若くは第三者の名義を以て取引をする代りに、右三村の名義を用いたに過ぎずそれ以上に(外務員と顧客との関係以上に)特段の個人的信頼関係を認めることの出来ない本件の場合に於ては代理権の存在を前提とする原告の前記表見代理に関する主張も又採用出来ず他に右認定を覆えすに足る証拠はない。

そこで最後に原告は本件の如き場合には東京証券業者間には外務員を客の代理人とみなすと云う商慣習が存する旨主張しているのでこの点につき判断すると、東京の証券業者間には当該顧客が自己の名を出さず最初から最後まで当該外務員の名前を以て売買取引をなす様指示し、代金その他の授受一切を委任したと認められる場合は当該外務員をその顧客の代理人として取扱うのが普通であることについては先に認定した通りであるけれども、本件取引については先に認定した様に訴外三村が被告の注文した事実がないのに被告と原告との取引が従来右三村名義でなされていたことを奇貨とし恰も被告より注文があつた様に装つて自己の為自己名義を以て成立させたものであるから、当該売買取引について顧客の意思に基く注文があることを前提とする右慣習を本件取引に適用することは出来ない。

そうだとすれば爾余の点は判断する迄もなく、原告の被告に対する本訴請求は失当であるから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法第八九条を適用して主文の通り判決する。

(裁判長裁判官 池野仁二 裁判官 石井敬二郎 野崎幸雄)

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